パワーバランスの外交

今年もいつしか師走を迎える時期が来た。11月は異例の暖かさだったようで20度を
超える日があったり、札幌の初雪観測は最も遅い127年前に並んだという。このところの
異常気象に 関する話題は 枚挙に暇がないが、日本に上陸した台風にしても、土砂災害を伴う
豪雨に しても記録ずくめで、自然の猛威にはほとほと手を焼き、異常気象に悩まされた一年
といって 良い。二酸化 炭素の排出抑制や生活のあり方そのものを見直し、自然環境に対する
認識を改める時期はとうに来ていると思う。科学者の 指摘した地球温暖化に関する警鐘を
トランプ大統領は「私は、信じないと」一蹴した。この信じがたい判断には、 ただただ
驚くばかりで、環境の劣化が人間の生命や活動に影響を及ぼしかねない予測を、意に返さ
ないとは落胆するばかりである。トップリーダーとして、世界を リードしてくれたアメリカ
の高潔な理想は、一体どこえ行ってしまったのか? 世界的な戦いは幸い発生していないに
しても、世界中に異常な対立と緊張が充満している。良くも悪くも世界を牽引する理念がない
限り、 収まりが付かないように思えてならない。
イギリス、台湾、もちろん朝鮮半島もだが微妙なバランスの上に平穏を装っているが、何が
起こっても不思議ではない。戦後70年以上が過ぎて、国連も様々な課題に直面しノウハウを
蓄積してきたとは思うが、未だに解決の手法は見出せず組織の形骸化さえ指摘されている。
我が国も、世界に重要な貢献をしていることは間違いないが、一層国民の意思に沿った明確な
国際的立ち位置が必要に思う。イランの核開発疑惑では、アメリカは自国の協定離脱による
制裁を実効あるものとするため、関係国に力を持って協力を迫っているがこの手法は、法治国家
とは思えないまるで「ならず者」の世界である。これが世界の外交でまかり通るのである
なら、文明文化の発展と人の感情や理性、人の良心や正義は、選挙により選ばれる民主主義
という政治の世界では、通用しないことになりかねない。
政治も外交も、自国ファーストの度があまりに過ぎれば、正義や公正などの理想も、力の前には
いかに無力か白日のもとに晒している。マスコミも責任を放棄しているのか、それとも自覚して
の結果か、批判さえしていない。強いて言えば、ヨーロッパには成熟した主張があって、一日の
長を示している と思う。日本は、そんなもんかと諦める程度なのかもしれないが、一定の主張が
出来る 自立国家の誇りを、一日も早く備えて欲しいと思う。