速すぎる科学技術の発展

水々しい新緑もいつしかその色を濃くし、成長を確実なのもとしていく姿は生き生き
として豊かです。私も日々の生活を充実させ、日々成長を手にしたいと願っていま
すが、現実は時がこともなく過ぎ去って、反省しきりの生活を繰り返しています。

さて、現在の人間は何億年もの時の流れの中で進化を遂げて、二足歩行を達成、
言葉を駆使し、狩猟や農耕の中から今日の高度な文明を築き上げましたが、近年
の科学技術や通信技術等における発展のスピード・変化は、何というすざましさでしょう。
脳がここまで発達し生活にゆとりや余裕が生まれると、絶えず工夫や改善を手にし
続けないと、人は満足できない宿命を負っているのでしょうか?
多少の不自由さや面倒は受け入れ、地球や環境に負荷をかけない生活も悪くないと思うし、
ゆったりと流れていく時間にも豊かさは充分あると思えるのです。
映像や通信技術の進化は、ついていけないほどの目まぐるしさですが、そこまで改善を
急がなくても、不足はないように思えるのです・・そんなに急いでどうする・・
しかし現実の競争社会、若い人達やその道の人達には、無理なのでしょうね?

ところで近頃は、世界の何処であろうと太陽光などを使えば、最新の映像(TV等)や
情報が手に入り楽しむことができます。このこと自体は技術進展の本当に素晴らしいこと
ですが、 未開の地にあって、日々の自給自足的な生活を何の不自由もなくしていた人が、
突如、 先進地の高い文化水準や生活を目の当たりにして、大きな衝撃を受けてしまう。
あまり の格差に驚き、戸惑い、混乱して、中には将来を悲観するあまり自ら命を絶って
しまう 人もいるとか・・
科学技術の進化が医療や防災など、安全や安心の暮らしに大変な貢献をしているその成果
に何の疑問もないが、そのプラス面だけではなく、そこから競争や格差など新たな負荷が
生まれている現実もある。科学には、倫理的な面に加えて、人が人として生きていくため
の哲学が伴っていなくてはいけない。それはきっと自然や環境とも調和して、人が生物で
ある原点に根差したものであると思う。
利便性や快適性を追うあまり、猿の惑星のように滅んでしまっては意味がないし、その恐れ
もなしとしないように思えてならない。