梅雨と雨の恵み

今年(平成29年)も半年が過ぎようとしている。日本列島は梅雨本番となって、昨夜も
かなり強い雨が降った。雨に恵まれる我が国としては、豊かな生産の恵みの雨である
と同時に、豪雨による災害は毎年のように繰り返され、その対策には大変な労力と
英知が注がれてきたが、今だに大自然の猛威を前に成す術がないことも少なくない。
昨今のソフト対策やICT技術の活用によって、身を守り賢く避難することは、本来 人間が
大自然を前に対処できた唯一の手段と、特別 変わらないように思える。
今だに自然と折り合いながら、安全安心を手にしていくことが不可欠ということだ。

話はそれるが、中山間地などで耕作が放棄された荒地が目立って増えている。行き届いた
手入れの棚田に、田植えが終わって整然と緑が立ち並ぶ光景は、稲作日本の原風景のように
思えるし、豊かさが伝わりなんとも清々しい。
そうした田畑の多くは、何の機械力もない古き時代に、人力だけを頼りに食料確保を目的と
して開墾されたものだ。木を切り倒して、根っこを掘り、石を拾って土を肥やしてきた。
そこに込められた思いや労力と言ったら、例えようもないほど膨大であり、豊かな実りを
神に祈り、その実りにどんなに助けられ感謝してきたか分からない。
その大切な耕作地・・誰も軽々に耕作を放棄したとは、決して思わない。いや思えないが・・
ただ、いとも簡単に・・荒廃地へとその様相を変えていく田畑を前にすると、えも言えぬ不安を
覚える。開墾に費やされてきた長い長い年月の流れと、そこに込められた篤い想い。今荒廃に
向かう早き時間との落差には、心を乱す衝撃力が伴っている。
少子化や高齢化、後継者の不在、採算の悪化・・そこに理由はあるだろうが、農地法等の
時代錯誤はないのだろうか?
農地の荒廃は、地域の安全安心にも係わる重要な問題であるし、先人たちの労苦を無に帰して
いい筈はなく、耕作地を生かす施策に知恵をしぼらなくてはならないと思う。

人口構成を見れば、少子化も高齢化も20年以上も前から充分に予想できたことだ。
財政赤字も、年金問題も、耕作地の荒廃問題も、手をこまねいていた行政の不作為がその原因に
思えてならない。財政の巨大な赤字に何の責任も感じていない腑抜けの財務官僚の報道があったが、
行政も政治家も先見性のなさと手抜きを猛省し、現実を直視した展望を示すべきだ思う。