年度末に思う

いつしか年度末となって、明日の4月1日を誰もがさまざまな思いを胸に、待ち望んでいる
ことでしょう。
社会が成熟するなかで未来に夢が持てないというが、平和に暮らせて医療や科学技術の
恩恵をこれほど享受できている国はそうはないから、贅沢というほかない。
夢を持つこととハングリーさは、どうして表裏一体なのか・・活躍するスポーツ選手など
大成した人は、誰もが判を押したように、夢を持ち続けること、決して諦めないことを
成功の道と強調するが、その諦めない強靭な意志は、今の生ぬるい環境下では育ちにくい
ということか?教育や医療など制度的な社会資本の充実は進んでいるが、一方で社会が
抱える課題は減るどころか山積していて、社会へ貢献する道、必要性はより大きく
広がっている。
しかし、高度経済成長期のように、自家用車を持ち住宅を持ちたいといった共通する夢や
目標は持てなくなって、結婚や子育てもしないで自らが手にしたかけがいのない時間を、
自らの思いに従い楽しければ良いとしている。本当は望んでいないのかも知れないが・・
恣意的に壁を作っているように思えてならない。個の思いがことさら強調され、社会的な要素は
判断基準に含まれてこないが、これで良いのか。
個人の価値観が尊重されるべきことに依存はないが、人はひとりでは生きられないのだから、
偏るほどに個の価値観に重きをおくのはどうしたものか。
社会との調和があってこその人生と思うのだが・・

この歳になって自分を振り返えってみれば、やはり、思いがあれば人生どんな展開も可能で、
もっともっと色々なことが出来たと思う。自分の意志に忠実であれば、大抵のことは成し遂げ
られる・・スポーツ選手と同じような心境になってくる。

丁度この時期は、桜花が多くの都市で人心をとりこにしているが、門出を祝うにこの上なく
相応しく、日本の花として何と誇らしいことか・・